特別企画「コルトレーン一周忌にあたって」。その中で、ライバルに去られ生気を失ったソニー・ロリンズとある。同号の「世界のジャズ・ニュース」では、ソニー・ロリンズが行方不明との記事。1968年1月の来日の時、ロリンズは「アメリカを脱出したい」とか「ヒマラヤへ行きたい」と漏らしていたらしい。コルトレーンの特集記事ながら、ロリンズのある種の精神的弱さを感じてしまった。
それ以上に気になったのが、5月に初来日したチャールス・ロイドの公演レポート。期待されていたキース・ジャレットが、米国の出発直前に兵役召集令のため同行できなかったとあった。プロモーターとしては、ライブアルバムを企画していたのだと思うが、それは果たせず。しかしながら、突然にピアノを欠いたライブだったものの、ロイドは観客を歓喜させる演奏をしたとのこと。ロリンズとは大違いである。