スイングジャーナル 1966年2月号

ヘレン・メリルの来日公演(1966年1月末から2月中旬)に合わせた表紙。本号では、モンクのパイロット姿のイラストで知られるアルバム『ソロ・モンク』が新譜として取り上げられ、植草甚一が満点を付けてレビュー。その欄に書き切れなかったジャケットに関する情報を別記事で紹介している。以下はその内容。

「ジャケットを描いたのは、アメリカの有名なイラストレーターであるポール・デーヴィスであるが、『モノクル』という雑誌に似たような挿絵があった。それをもとにモンクのジャケットが出来たのだが、アイデアとして秀逸である。挿絵入りの『墜落する翼』というユーモア・コントは、大学を卒業した20才のトビー・モンタギューがベトナム北爆のパイロットになり、敵機を見事に撃墜したあとで意気揚揚と空軍基地に引き返してくる。ところが味方は47機も撃墜されていて、敵側の損害はトビーが撃墜した一機だけだったというオチがついていて、アメリカのベトナム作戦を皮肉っている」。植草氏らしい情報提供だ。

スイングジャーナル 1964年3月号

表紙はシェリー・マンと白木秀雄。1963年、1か月半に亘ってアメリカのジャズシーンを見て回った白木秀雄が、ハリウッドのシェリーズ・マン・ホールを訪れた時の写真、と表紙解説にある。さらに、白木に関しての説明。「1933年1月東京生まれ。東京芸術大学打楽器科に在学中に積んだドラミングの基礎的訓練と長いバンド経験により、つちかわれた安定したテクニックを見せている」。森山威男の大学の先輩なのを初めて知った。

特集記事は「来日する4大ドラマー」。フィリー・ジョー・ジョンーズ、マックス・ローチ、ロイ・ヘインズ、シェリー・マン。それぞれが個別に来日するのではなく、「4大ドラマー世紀の競演」というコンサートが各地で開催される予定だったのだ。

スイングジャーナル 1964年1月号

表紙の解説によると「デイブ・ブルーベックは、1920年12月6日カリフォルニア州のコンコルドに生まれた白人。43才を迎えたばかり。ピアノは4才頃から習い始め、はたち過ぎ頃までクラシックの作曲法を学んでいる」とある。この号には、取り立てて面白い特集はなかったが、「マイルス・デイビス公演中止の経緯」という気になる記事を見つけた。

1964年の正月公演の契約が進んでいたにもかかわらず、マイルス側からの一方的なキャンセルになったようだ。その理由は記されていない。マイルス自叙伝で調べてみたが、何も触れていなかった。ただし、64年2月12日のフィルハーモニック・ホールでの市民権登録運動の慈善コンサートに出演することにしたとあるので、スケジュール調整が難しくなったのかも知れない。しかし、同年7月、ついに初来日を果たし、アルバムMiles In Tokyoを残してくれた。