Bob Dylan / Rough And Rowdy Ways

2020年3月、日本ではディランのツアーが予定されていたが、コロナ禍で中止。日本以外でのコンサートも全て中止になったはずだ。そして、それを償うように同年6月に本作がリリースされ、ライナーノーツには、ディランから次のメッセージが掲載された。

「私のファンと熱心なフォロワーの方々へ、長年のご支援とご献身に感謝を込めて挨拶致します。この度公開するのは以前録音した歌で皆さんに興味を持って頂ける未発表です。どうぞ安全に過ごされますように、油断する事がありませんように、そして神があなたと共にありますように」。

2枚組全10曲で、全体的に死の匂いが漂うアルバム。全ての歌詞を読み込んでいくと、ハイフンが数多く使われていることがわかる。これまでにない一つの特徴。ディランはこのハイフンで何を表現しようとしたのか。情景を急展開させるサインだろうか。例えば、2曲目はFalse Prophet(偽りの預言者)には、21か所ものハイフン。

Disc 2はMurder Most Foul(最も卑劣な殺人)の1曲のみ。これまでの収録曲の中で、最も長尺の16分54秒。叙事詩と言った方が良いだろう。単語は1408を数える。『1963年11月、ダラスでの忌まわしい日/とんでもなくひどいことが起こった日として永遠に語り継がれる』と物語は始まる。

やがて、ディスクジョッキーのウルフマン・ジャックが登場。ディランはジャックに数々のミュージシャンの曲をリクエストする。ジャズの世界で言えば、オスカー・ピーターソン、スタン・ゲッツ、アート・ペッパー、セロニアス・モンク、チャーリー・パーカー、ナット・キング・コール。そして、こう締め括る。『偉大なるバド・パウエルの「ラブ・ミー・オア・リーブ・ミー」をかけてくれ/「血まみれの旗」をかけてくれ、「最も卑劣な殺人」をかけてくれ』。ディランは、ケネディ大統領暗殺から57年を経ても、卑劣な殺人が世界中で起きていると警鐘を鳴らしている。それは、2022年になった今でも同じなのだ。

ちなみに、バド・パウエルは一度も「ラブ・ミー・オア・リーブ・ミー」を録音していない。ディランはそれを知っていたのだろうか。ディランがこのブログを見るとは到底思えないが、一応書いておこう。Bud Powell has never recorded "Love Me or Leave Me".

Disc 1
1. I Contain Multitudes
2. False Prophet
3. My Own Version Of You
4. I've Made Up My Mind To Give Myself To You
5. Black Rider
6. Goodbye Jimmy Reed
7. Mother Of Muses
8. Crossing The Rubicon
9. Key West (Philosopher Pirate)

Disc 2
1. Murder Most Foul

Bob Dylan - vocals, guitar, harmonica
Charlie Sexton - guitar
Bob Britt - guitar
Donnie Herron - steel guitar, violin, accordion, mandolin
Tony Garnier - bass guitar, acoustic bass
Matt Chamberlain - drums

Recorded in January and February 2020, Sound City Studios in Van Nuys, California.
Released on June 19, 2020.

Bob Dylan / マイ・バック・ページズ

河出書房新社 2016年12月30日発行 定価1,300円。ディランのアルバムや書籍は、よほどのことがない限り購入してしまう。自分にとって新しい情報があるかどうか別として、誰が何を感じているかを知りたくなるのだ。この本は、ノーベル文学賞を受賞した後に編集されただけあって、文学や詩の素養を持っていないと、読みこなせない。なので、またも勉強の材料が増えたことになる。

波長が一番あったのはピーター・バラカンの次の一節。

「ぼくの座右の銘は〈ライク・ア・ローリング・ストーン〉の最後に出てくるWhen you got nothing, you got nothing to lose(なにも持っていなければ失うものもない)なんです。この生き方しかないじゃない。ヘンにものをもつと逆に失うものがいっぱい出てきて、自由に行動できなくなるし、冒険心もなくなってしまう。これが人間にとっていちばんおそろしいことじゃないかと思います」。

湯浅学 / ボブ・ディラン ロックの精霊

2013年11月20日発刊 岩波新書 定価760円。この本を読むまで、湯浅学と言う音楽評論家は知らなかった。ネットで調べると、同学年である。大学在学中に、大瀧詠一の事務所・スタジオでアシスタントを経験したとあった。音楽評論が主な仕事らしいが、ジャンルにはこだわっていないようだ。この本は、コンパクトにディランの生き方を描いている。ディランをもっと知りたい人には、勧めたい。

しかし、書かれている内容の情報源は、ディランの「自叙」などから。彼独自の視点がちりばめられているものの、強烈に伝わってくるメッセージは少ない。悪い意味ではないが、少し教科書的な印象を受けた。本書の『あとがき』に「ボブ・ディランがいなかったらロックはこうなっていなかった。それは確かなことだ」とある。じゃあ、どうなっていたかと想像する一文が欲しいのだ。