スイングジャーナル 2008年6月号

ボサノバ誕生50周年という記事。ジョアン・ジルベルトのシングル『想いあふれて』が大ヒットした1958年が起点だそうだ。

ボサノバのブームを作ろうという仕掛けが臭ってくる。結局のところ、一過性だった感じ。というか、瞬間的に終わったのではないだろうか。

スイングジャーナル 2008年5月号

テオ・マセロ追悼の記事。2008年2月19日に永眠。彼がいなかったら、マイルスの『カインド・オブ・ブルー』は世に出なかった。そして『ビッチェズ・ブリュー』も。

テオ・マセロの功績は計り知れないほど大きい。そう考えると、最近のジャズの低迷はミュージシャン側ではなく、プロデューサー側にあると言える。最低なのがヴィーナスレコードだな。

スイングジャーナル 2008年4月号

アルフレッド・ライオン(1908.4.21 - 1987.2.2)生誕100周年の特集記事。ジャズの場合、プロデューサーの力量でアルバムの価値が大きく変わる。ライオンがブルーノートを設立しなかったら、今のジャズはなかった。これは言い過ぎではないだろう。時代が彼のような存在を必要としていたとも言える。