坂田明 / 私説「ミジンコ大全」

昨年に続き、ココファームの収穫祭はオンラインになってしまった。秋空の下、ワインを飲みながら坂田明のライブ演奏を体験するのが、これまで最高の楽しみだった。ライブ配信では、その感動を味わうのは無理がある。なので、坂田のアルバム『海』を聴きながら、著書『ミジンコ大全』を開いて、来年こそはと願うのみ。

2013年1月20日発行 晶文社 定価2,500円。ジャズとは関係ない。著者が坂田明だからと言って、ジャズとは関係ないのだ。なぜなら、『あとがき』で彼はこう書いている。「実は私にはジャズはできない。目指したことはある。だが、できないことに気が付いて久しい」。この文章だけ読むと意味不明なので、『あとがき』全体を読んでもらいたい。生物学・遺伝子学の準専門書なので、眠くなりそうになったら、付属のCD『海』を聴くべき。2,500円が決して高くないと納得するだろう。坂田撮影によるミジンコ図鑑(32ページカラー写真)も本書に含まれている。しかし、このCDはジャズでなくパンクである。そうあとがきに書いてある。そう思う人は誰一人いないだろうが。つまり、坂田の人生がパンクなのだ。以下の本書帯の裏面から引用。

「最初に驚きと感動を覚えたのは、コップの中に入れたミジンコを虫眼鏡で覗いたときでした。ミジンコに焦点を当てると、コップの中は無限の宇宙のように広がりを感じさせます。次に衝撃を受けたのは、生きたミジンコを顕微鏡で覗いたときで、ミジンコの体は透明ですから、鼓動する心臓までが丸見えになるのです。〈命が見えた!〉と、とにかく強い衝撃を受けました」。

坂田明 / Nano Space Odyssey

坂田明自身が、このアルバムについて2009年2月4日付けで語っている。抜粋したものを以下に掲載。武満徹、坂田明、ビル・ラズウェルの3人が、新宿の居酒屋で朝5時まで飲むきっかけを作ったアルバム。

NHKの「ナノ・スペース」という画期的な科学番組の音楽を制作することになった。ナノ・メートルという単位を知ったのは、番組の映像を見てからである。1ナノ・メートル(nm)は10億分の1メートルである。水素原子の直径は0.1nmで、水分子が約0.2nm、DNAの2重螺旋の径は2nmであります。〈中略〉私たちの住むこの世界はミクロとマクロに向かってとんでもない広がりと深さを持っている。極限ミクロ10のマイナス23乗は漢数詞で浄。極大マクロ10の68乗は漢数詞で無量大数。唖然だ。その世界の中で私たちは自分で感じたり、思ったり、フォン・ユクスキュル言うところの環世界からの体験、学習なり、思い込みなり、洗脳なり、錯覚なり、想像なりを駆使している。その結果、正義は勝つだの、神はわれわれに味方してくれるとか、諸行無常だの、生々流転、色即是空とか、判ったような判らない人生を生きて死んでいくことになる。

このCDは、91年11月末、モンゴル高原より戻った後にNHKのスタジオへ1ヶ月通いつめて録音したものである。今は亡き武満徹さんにこのCDを送ったところ、ハガキでご丁寧な返事を頂き、とても嬉しかった。武満さんに聴いてもらっただけでもういいやと思っていた。その前後だったと思うが、あるコンサートを聴きに行ったあと、打ち上げで同席しておられた武満さんに「どっか飲みに行きませんか」とお誘いしたら「うん、行こう」といわれてびっくりした。横に居たビル・ラズウェルに「おい、武満徹さんと飲みに行くぞ!」と、「なに?!」とビル。さっさと3人でタクシーに乗って新宿の居酒屋だ。朝5時まで飲んでしまった。貴重な思い出は私とビルの間で語り草である。

1. Cosmic Zoom
2. Grandeur Of Microcosm Under The Chaos
3. Psy-Field:A
4. A Strange Life Of Daphnia
5. T4-Phage Landed On The Moon
6. Phase Transition Of Kci
7. Psy-Field:B
8. Micro-Robot Breaking Into Laughter
9. Vicissitudes
10. Voices Of "Super Strings"
11. Nano Space Odyssey

Akira Sakata - soprano saxophone, alto saxophone, synthesizer, piano
Tamai Toyooka - mukkuri
Asuka Kaneko - violin
Kyoko Kuroda - piano
Hiroshi Yoshino - contrabass
Yu Fujii - electric bass
Kiyohiko Semba - drums, percussion
Atuy - voice (song 1)
Fusae Doi - voice (song 2)
Mishio Ogawa - voice (song 9)
Shigeri Kitsu - voice (song 3,7,10)
Norihiko Yamanuki - sound programming

Recorded in November & December, 1991 at NHK-604-Studio.

坂田明 / MOOKO

ドラマーのシャノン・ジャックソンのリーダーアルバムは、Street Priestの1枚しか所有しておらず、他のアルバムも聴いてみたいと探していたら、なんと!坂田明が共演しているアルバムを見つけた。迷わず購入。坂田自身が、本作について以下のように解説している(2009年2月1日付け)。坂田がジャックソンに手紙を出したことで実現したアルバム。全文を掲載する。

1. ニッチモ・サッチモ
2. ひやし節
3. Wann Kann Ich Sie Wiedersehen?
4. 羊飼いの晩餐
5. 騎馬民族の踊り
6. 蒙古

坂田明 - alto saxophone, bass clarinet, piano, vocalism
Bill Laswell - prepared fretless bass 4. 6 & 8 string bass, sitar Bass, violin, ectar
Ronald Shannon Jackson -drums, percussion, scheollmie

Recorded on December 2 & 3, 1987 at Sorcerer Sound, New York.

* * * * *
〈Mooko〉とは言うまでもなく蒙古でありモンゴルである。録音したのは87年で、もう23年前に遡る。シャノン・ジャックソンに「一緒にレコーディングしてもらえないだろうか」と手紙を書いたら、「勿論だが、レコーディングするならビル・ラズウェルにプロデュースしてもらったほうがうまくいく」といわれ、ビルに頼むことになった。

ビル・ラズウェルとはその前年彼のLast exitに入って共演していた。シャノンがドラムスでギターがソニー・シャーロック、サックスはペーター・ブロッツマンであった。轟音が鳴っているにもかかわらず、不思議とうるさくない音に驚いた記憶がある。

私は腹巻になけなしの現金を入れてN.Y.へ飛んだのだが、ビルは大変良くしてくれた。時差ぼけに参った。最後の日には寝過ごした。あわててスタジオへ行くと「サカタ! 出来たぞ」とビルがいった。エンジニアの口バート・ムッソーと二人でもくもくとミックスをしてくれたのである。私のほうは一時が万事、失敗の山だった。

そのときビルと話をして盛り上がったのは〈モンゴリア〉だった。オルティンドーやホーミーといった雄大な草原を想起させる音楽について語った。話は「バンドでモンゴルへ行こうよ!」と大変な話になった。レコード・タイトルは文句なしに『MOOKO』とした。

その頃、私は一方では「ミジンコは凄い」といいながら、もう一方では「モンゴルは凄い」と吹聴して歩いていた。そしたら「新世界紀行」という番組のプロデューサーからお声がかかり、90年11月にホーミーの紹介を主目的でモンゴル高原へ行くことになった。

晩秋の冷え込む大草原でモンゴルの人と共にカセットテープの『MOOKO』を聴いた。音楽は不思議と風景に合っていた。彼らも「是非モンゴルヘバンドをつれてきてくれ」といってくれた。4年後の94年、国際交流基金の主催事業で私とビル・ラズウェルの率いる世界混成13人編成の「ミジンコ空艇楽団」は終にモンゴルで演奏した。N.Y.での約束から7年、快挙といってもおかしくない時代だった。今の朝青龍、白鵬らモンゴル人が日本の大相撲を席捲するとは夢にも思えない、昔のことである。