
1982年8月20日発行。特集は『ジャズ・ピアノ Vol.1』だが、Vol.2は1990年の69号で発刊されたようだ。『ジャズ批評』は定期購入せず、何となく本屋で立ち読みして気に入ったら購入していた。そして、86年の56号を最後に立ち読みすらやめてしまった。ジャズの情報源はスイングジャーナルだけで十分で、活字よりもLPに金を注ぎ込んでいったのだ。




March 10, 2026 / Fumio Kubo の所有するジャズアルバムを中心にレビュー

1982年8月20日発行。特集は『ジャズ・ピアノ Vol.1』だが、Vol.2は1990年の69号で発刊されたようだ。『ジャズ批評』は定期購入せず、何となく本屋で立ち読みして気に入ったら購入していた。そして、86年の56号を最後に立ち読みすらやめてしまった。ジャズの情報源はスイングジャーナルだけで十分で、活字よりもLPに金を注ぎ込んでいったのだ。




1982年2月20日発行。アルト・サックス特集で、その中に坂田明へのインタビュー記事「パワーを失ったジャズに”病気音楽”の新たなパワーを!」がある。坂田はアート・アンサンブル・オブ・シカゴの連中から「ヒューマン・ダイナモ」というアダ名を付けられたそうだ。つまり、「人間発電機」。
そして、ジャズ研時代に通い続けた中野のジャズ喫茶『ビアズレー』の広告をようやく見つけた。コンボには、途中からボーカルの女子大生が加わり、ちょっと気取って『オーブレー』に連れて行ったこともある。





1979年4月20日発行。同年1月5日に他界したチャールス・ミンガスの特集号。編集長・松坂比呂による秋吉敏子へのミンガスに対するインタビューが載っている。インタビューは、死の一ヶ月後2月12日に赤坂プリンスホテル・ロビーで行なわれた。秋吉はミンガスの死を悲しむと言うより、淡々と生前のミンガスとのつながりを語っている。

